北海道の繁殖場から保護され、我が家へ

たった1カ月だったけどパルと家族になれてよかった!

里親さんの物語

実在する元保護わんにゃんと

しあわせ便り

先住犬との縄張り争いから本当の兄弟へ.........

我が家としては2代めとなるわんこ(マルチーズ)をペットショップから迎えて2年、最初の子(ヨーキー15歳で虹の橋へ)の時代はやっていなかったブログやペット専用のSNSで、たくさんの家族とやりとりをするようになっていました。

同時に、保護犬や保護施設の存在を知り、そうした環境にいる子たちをどうにか救いたいという思いを抱くようにもなっていました。

里親募集をしている各施設のホームページをひんぱんに覗くようになり、周囲のSNS仲間の多頭飼いにもあこがれていた我が家。そしてある日ある時、ある施設のホームページで、その子に巡り合いました。

保護わんこの里親になるのは初めてだったため、まずは里親になるための条件を熟読し、我が家の環境を振り返り、条件を満たすにはどうすべきかを夫婦で話し合い、環境を整備しました。

そして、いざ里親の申し込みへ。

施設へ連絡し、お目当の子に会いに行きました。もちろん今後いっしょに住むことになるかもしれない先住犬も連れて。

1時間くらいでしょうか、施設内でその子とたくさん遊んだのち、先住犬との相性も悪くないだろうという施設の人の判断もいただいたため、引き取りを決意しました。施設の説明を聞き、こちらの環境を話し、契約書にサインをして里親として認めていただくことになりました。

 

それまでペット可のマンション住まいだった我が家は、その子を迎えるため戸建に引っ越しました。先住犬にとっても馴染みのない新しい家になることで、少しでも迎える子のハンデを減らそうと思ったからです。

迎えた子の名前は、パル(Pal=仲間、友達)としました。

 

施設から自宅に連れ帰り、先住犬とパルをリビングでフリーにさせると、さっそく縄張り争いが始まりました。ちなみに、2わんとも男の子です。あちこち走りまわって追いかけっこをし、ところどころに自分の痕跡を残す(ー ー;)ということが数日続きました。

10日ほど経つと、その争いも次第に収まってきて、気づくとお尻をくっつけてお昼寝をするようになりました。並んでの写真も、ちゃんとカメラ目線で撮らせてくれるようになりました。

パルは、北海道の繁殖場育ちでした。保護当時の年齢は3歳。保護した施設がブリーダーに早期引退を勧め、連れてきたのだそうです。体重は2キロ弱。小ぶりな体型の男の子は、繁殖犬として人気だということです。この年齢まで、いったいどんな環境でどれくらいのブリーディングが行われきたのかはわかりません。が、パルが過酷な状況にいたことだけは容易に想像がつきました。

歯は全体に少なく、残っている歯も汚れていました。口臭や体臭も少し気になりました。もちろん保護施設の人によって大掛かりなシャンプーやトリミングなどは行われましたが、それだけ元の状態がひどかったのだと思います。食後の歯磨きはおとなしくやらせてくれました。

初めてのお散歩では、パルはひとりで歩くことができませんでした。その場に固まったまま、1歩も動かず。先住犬が歩き出すと、それに従ってようやく歩き始める。先住犬が止まると、パルも止まる。繁殖犬時代は、お散歩にも行ってなかったのかもしれませんね。

クルマに乗せ、郊外のホームセンターにも連れて行きました。暴れることもなく、ペット専用のショッピングカートに乗っていることができました。その帰りには、これまた初めてのドッグカフェへ。トイレに立ち上がったママを追いかけてソファから飛び降りるというハプニングは1回だけ。テーブルに並んだ人間用の食事に手を出すこともなく、おりこうさんでいることができました。

 

パルは食欲旺盛で、ご飯の用意をし始めるとすぐに察知し、ママの足元をくるくる回っていました。お座り、お手、よしっ!の合図にもどかしそうに従い、ご飯に飛びついていました。先住犬は、それまで食の細い子でしたが、ライバル心からでしょうか、パルと並んで毎食ご飯をたいらげるようになりました。パルが来てくれて、先住犬にとってもたくさんのメリットを実感しました。

我が家の趣味は、わんこといっしょにクルマで長旅することです。最初の子の時も日本国じゅうたくさんの場所を訪れ、今いる先住犬ともたくさんの旅をしていました。パルも我が家に少しずつ慣れてきたので、そろそろどこか旅に出かけようと話し始めていました。

旅に出るにあたり、とりあえず掛かりつけの獣医さんに診てもらおうとなりました。施設が提携する獣医さんでも検診はしていただいて問題はないとのことでしたので、念のためにという気持ちでした。

ところが、最初の触診で先生の表情に曇りが出ました。「ん?」お腹のあたりをしきりに触って、私たちを見ました。「たいしたことはないと思うけど、私がちょっとだけ気になるのでレントゲンをとらせてほしい、お金はいらないから」。

レントゲン、そしてエコー検査も実施してくれたようで、私たちが再び診察室に入ると、それぞれの写真が並んでいました。そしてお腹のあたりを指し、「ここに大きな塊があるようです。触診でおかしいと思ったのはこれだったようです。内臓にこうした形のものはなく、明らかに異物。でもレントゲンとエコーだけではこの塊がなんなのか、ちょっとわかりません」と告げられました。触ってもいたがらない、ご飯もよく食べ、元気に動いていることから悪性ではないだろうとのことでした。

より設備の整った大きな病院でのセカンドオピニオンを勧められ、後日、東京大学の動物医療センターで検査してもらうことになりました。

 

診察により、どうやら盲腸の中に何かが入り込んで膨らんでいる状態であること。何が入っているのかは内視鏡で見てみないとわからないこと。その段階でもし不要なものであれば取り除くことを推奨するという説明を受けました。手術の場合は、お腹を切開しての外科手術ではなく、内視鏡で少しずつ異物を取り除くほうが体に負担がかからないとのことだったので、そちらの方法を選択し、承諾書にサインしました。

手術当日の朝、家族全員の出かける準備が済み、忘れ物はないかとリビングを見渡すと、パルがダイニングテーブルの足下に粗相をしている最中でした(ー ー;) ここにしてはいけない!と叱り、トイレに連れて行ってもう一度叱り....。

思い起こせば、私とパルとの会話はそれが最後だったかもしれません。

病院に到着すると、先生から軽く説明を受け、パルはそのまま奥へ連れて行かれました。私たちは先生からの連絡を待ちつつ、昼食をとったり車内で居眠りをしたりしながら夕方まで過ごしました。

予定より2時間くらい遅れて、病院から携帯電話に連絡がありました。院内に行き診察室に入るとパルはおらず、教授と助手、ふたりの先生が待っていました。そして、パルちゃんがまだ麻酔から覚めない、もう少しで覚めると思うが術後の経過検診もしたいので今日はお泊まりということでどうか?と聞かれました。

その日はさほど重く考えずに帰宅し、次の日を迎えました。しかし病院に電話をするとまだ麻酔から覚めていないとのことで、さすがに心がざわつきました。仕事が終わって病院に出向き、パルの寝姿に声をかけました。「起きろー! とっくに朝だぞー!」

とにかくもう1日お泊まりせざるをえず、その日もパルなしで帰宅しました。翌日も仕事を終えてから病院に行き、パルの目覚めを待ちましたが、状況はまったく変わらず.....。内視鏡での異物除去は終わってきれいな体になっていましたが、全身麻酔から目覚めない......。

パルの手術から3日目、私たち夫婦はある覚悟を持って病院に行きました。担当の先生も、私たちを待ち構えていました。入院中、あらゆる検査をしてくれていたようです。そして麻酔から目覚めない原因は、なんらかの理由で脳が腫れてしまって脳ヘルニアを発症し、頭蓋骨からはみ出した脳が神経を司る脊髄を圧迫しているためとのことでした。脳の腫れを抑えるべくさまざまな治療を行ったものの、治る見込みがないという説明を受けました。脳ヘルニアが突発的なのか先天的なものなのかはわからないとのことでした。

脳が腫れているという話は前日にも聞いていました。なので2回目の説明だったのですが、治る見込みがないという話は初めてでした。とはいえ、私たちが覚悟していたのは、まさにそこでした。手術当日に麻酔から覚めて家に帰れるはずが3日も目覚めない、呼吸器がないと呼吸できない、体をつねったり強めに叩いたりしても反応がない、そして、脳波検査をしても......動きが見られない。そういう状況でしたから。

それでもパルの心臓は、しっかり動いていました。鼓動が聞こえました。しかしそれ以外はまったく自力で動いていませんでした。いわゆる脳死でした。

覚悟を決めて病院に来たものの、その場ですぐの返事を保留し、駐車場に停めてあるクルマに戻りました。そして何を考えるでもなく、ただボーっと時間が過ぎました。

 

たぶん1時間後、夫婦どちらからともなく決断し、クルマを降り、院内に入りました。受付で名前を告げると、すぐに診察室に通してもらえました。そして、自分で言わなければいけないことを先生に言いました。

パルは、ようやく家に帰ってくることができました。以前のように走りまわったり先住犬と絡み合ったりはできませんが、とにかく帰ってくることができました。

今でも、先住犬がたくさんのお友達わんこに囲まれて遊んだり、リビングで眠っている姿を見かけると、「ここにパルもいたらなぁ」と思ってしまいます。施設が提携していた病院に対して「どうして?」という気持ちをいっぱい持っています。でも、何を騒いでもパルがこっちの世界に戻ってくることはありません。

 

たった1ヶ月だけの家族でしたが、我が子としてパルを送り出すことができてよかった。たった1ヶ月だけの家族でしたが、我が子としてみんなにパルの写真を見せたり話をすることができてよかった。

パル、パパたちはもうちょっとこっちの世界で頑張るから、いい子にして待ってるんだよ! あ、それと! こっちの世界での最後の会話が「ここはダメ! トイレはこっち!」で、ゴメンなぁ....(⌒-⌒; )

(2016年12月)

写真に触れると大きな画像で見られます。

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