街猫として地域で可愛がられていたはずのフクちゃん

ある日突然の虐待で医師からは安楽死の宣告を受け……

フクから教えてもらった大切なこと

そのころのフクは、毎日のほとんどの時間を畑で寝たり駆けまわったりして、お腹が空けば近所のお家に行ってご飯をご馳走になるという、自由奔放な生活をしていたそうです。でも、どこかで家猫にあこがれていた面もあったのではないかとのことでした。

 

ある夜、ギャァー!というすごい悲鳴が近所中に響いたそうです。それも何回となく。その声を聞き、毎朝フクにご飯をあげていた家の人が外に出てみたそうです。すると……。

 

そこらじゅうが血だらけ。いつもフクが寝ている小屋には、大きな血だまりができていた……。

 

私とフクとの出逢いは、私が勤務している動物病院へフクが連れて来られた時でした。あまりの状態の酷さに言葉もなく預かり、手術までの時間をモルヒネを打って過ごしてもらいました。

 

麻酔が聞き始めた頃合いを見計らって顔の血を洗うと、顔面は陥没、上下の顎は割れ、上顎はタバコでやられたような火傷と、エグられた傷。舌は根元で切られて下側の1部だけつながっていました。目もふくれあがり、頭蓋骨、鼻骨、頸椎、背骨も骨折。このまま安楽死させたほうがいいかと思うほど痛々しい姿だったのです。

 

それから2ヶ月、フクは点滴のみで生き長らえていました。しかし、いよいよ点滴の針も刺せない状態にまでなり、食べ物はもちろん、水すら飲めなくなってしまったのです。ほどなくして、フクの安楽死の日が決定しました。

 

その日は朝から気分がつらく、考えに考えたあげく、先生にフクを引き取らせてほしいと頼み込みました。もちろん家で亡くなることも覚悟したうえでした。

 

家族は、フクを温かく迎えてくれました。ひと安心です。それからの毎日は、ご飯を口に押し込み、シリンジでそっと水を飲む訓練が続きました。フクは嫌がり、わめき、私もいっしょに泣き、だけどフクのために心を鬼にして……。お互い地獄のような日々でした。

 

でも、やがて体が少しずつ快復に向かい、そして「お腹空いたよ!」「のど渇いたよ!」って合図してくれるになりました。3.8kgだった体重は、5.6kgにまでなりました。

 

あの日から1年7ヶ月。歯の専門医に2度の手術をしてもらいました。先生には、「もう自分で食べられるようにはならないでしょう」と言われていました。

 

春になり、産まれたての4ツ子が袋に入れられ、病院に放置されていました。その子たちも私が引き取ることになったのですが、それをきっかけにフクの様子が変わってきたのです。その子たちのために置いておいたミルクの残りをフクがぺろぺろと舐め始め、さらに離乳食もその子たちと一緒に食べるようになりました。まさに奇跡を見ているようでした。小粒のカリカリも食べられるようになり、今ではほとんどの食べ物を食べてくれます。

 

現在のフクは、毎日ちびーずの面倒を見てくれています。とっても頼もしいイクメンです。鬼ごっこと隠れんぼが大好きで、私にも一緒に遊ぼうとせがんできます。

 

フクには、命の尊さ、生きる強さ、周りへの優しさ、許す心(人間から酷いことをされたのに、また人間を愛してくれました)などなど、たくさんのことを教えてもらいました。とっても幸せです。

 

首を絞められた後遺症で呼吸がしにくく、片目は少し見えていたはずですが、そちらも見えなくなってきたようです。日々、覚悟しながら、できる限りのことをフクにしてあげながら、幸せな時間が少しでも長く続くようにと願っています。

(2015年12月)

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